弊社ではアート翻訳を専門にサービスをご提供させていただいておりますが、、アート翻訳という仕事は高度専門化しており、その傾向はますます強くなっていることを年々感じています。そのため、専門用語が高度な内容になりつつあります。しかしながら、それは正しいからといって、ただ専門用語を並べ立てておけばいいのかというテーマが見え隠れするようになってきました。
つまり、ミュージアムとしては当然ながら来館者のことも考慮しなければならず、そのためアートの素晴らしさを伝えるための翻訳であるべきであり、「専門的でありながらも分かりやすい翻訳」を心掛けなければならないという絶妙なバランスの上に成り立っているものだからです。
しかしながら、こういった側面だけでなく予算やコスト削減という側面からもコストパフォーマンスを意識して翻訳しなければならないという厳然たる現実も突きつけられています。
今回はこれまでにも多くのミュージアムで直面しているであろうテーマについてご紹介します。
金額だけで決めると担当者への負荷が大きくなる
そもそも購買活動というのはその人、その組織の価値観が如実に表れるものです。
例えば「消耗品なら安い方がいい」という価値観もあれば、「毎日使うものだから使いやすさが一番。多少お金がかかってもいい」という価値観もあります。ブランド志向なら「金に糸目はつけない」という人もいるでしょう。
自分の人生において「お金」をどのように位置付けているのかが顕著に表れるのが一般的な購買活動です。
これは個人だけでなく法人も同じです。「投資すべきもの」と「最小限に抑えたいもの」があるとしたとき、そこに明確な基準が存在します。
特にミュージアムでもよくある「入札方式」では、そのあたりが大変顕著です。「品質が大切」と言いながらも、どうしても「価格の安さ」という要素は強く、それに引っ張られてしまうことも多いはずです。そしてそれ自体が良い悪いではなく、(これは昔から続く商習慣でもあるため)文句を言ったところで何も改善しません。
しかし、実際に私たちがお聞きするミュージアムの現場の声は違うケースもあるようです。
前に価格の安さだけで業者を選定して、ふたを開けてみたら翻訳の品質が悪くてチェックするのに膨大な時間がかかって大変だった。もうあんな思いは二度としたくないわ。
つまり、金額の安さ(最低落札価格)で翻訳会社を決めたため、翻訳会社からの納品後、学芸員の方々の訳文チェック作業の負荷が爆発的に膨れ上がり(翻訳し直しを含める)、大変な時間を使ったということです。
チェックを頑張れば翻訳の品質は良くなるのか?
仮にこの声のように、爆発的なチェック負荷がかかったとしても、「納品された品質が低くても学芸員がチェックを頑張れば大丈夫」ということでしょうか。
果たして上記の図のように品質は同程度になるのでしょうか?
統計をとったわけではありませんが、アート翻訳の専門会社から言えば、残念ながら、A と B のプロセスによって品質は同じになりません。
アート翻訳は、作品解説や作品名、図録など、作品のすぐそばにあるものばかりなのです。
しかし残念ながら学芸員の方々に懸命にチェックしていただいても、品質はそれほど改善しません。(これは学芸員の方々のチェック能力が、という話ではありません)
さらに言えば、チェックする時間が増えれば増えるほど、他の業務を圧迫することになります。
もし初めから翻訳の品質を確保できていたら、学芸員の方々のチェック負荷はずっと低かったでしょう。その分ほかの業務にかける時間も増えていきますし、それは来館者にとってもメリットが大きいはずです。
担当者の方々が、どうして弊社のようなアート翻訳専門の会社に仕事を依頼したいと考えるのかが、その答えを表していると言っても過言ではありません。
トータルコストは高くなる(見えないコスト)のに、顧客満足度は低い
このように、「安かろう悪かろう」になると「見えない隠れたコスト」が増大してしまいます。入札方式がダメというわけではなく、どんな形であっても「価格、品質、納期」のバランスは考慮しなければなりません。
来館者にとっても、何か気の利かない翻訳を読んで意味が分からないくらいなら、何も解説がないほうが自由に解釈できるのではないでしょうか。
世界中に公開する Web サイトや流通する図録など、金額だけで翻訳会社を決めてしまうと見た目のコストは下がっても、チェック負荷コストが上がったり、口コミの評価が下がったり、来館者や旅行者にとっても何もいいことはありません。
顧客満足度を下げるような事態は避けなければなりません。
品質を大切にしたい学芸員、コストを抑えたい購買担当者
入札方式に限界があるという訳ではありません。そうではなく、「目的に沿ったアート翻訳を実施しなければならない」ということです。
それには以下のように様々な理由があります。
世界に出すものだから
Web サイトにせよ、図録にせよ、作品名にせよ、翻訳している以上は、すべてグローバルに向けて公開される訳文です。その訳文のレベルや質が低ければ、「その程度のミュージアム」という認識になってしまいます。
例えば、東京国立博物館様が多言語翻訳に厳しい基準を持っているのは厳選された翻訳者チームを持っているからです。
記録に残るものだから
アートは作品だけでなくそのすぐそばにある図録や解説なども含めて評価されます。アーティストのプロフィールやステートメントをしっかりと翻訳するのはそのためです。
人々の記憶に残るアート作品は、一切手を抜かない訳文がいつもそばにあるのです。
そういうことを理解していると、学芸員の方々はある程度納得のできる翻訳品質を担保したくなるのは当たり前のことでしょう。
しかし、一方で予算は無限にあるわけではありませんし、湯水のように使えるものでもありません。購買担当者がいる場合には、余計にコストにはシビアになるため、どうしても価格優先になってしまうケースもあります。
これはもう仕方のないことです。アート分野に限らずどの世界にもあることですし、だからこそ経済が回っているという側面も大きく、否定することではありません。
大切なのは、品質とコストのどちらかではなく、使い分けていくそのバランス感覚なのです。
インバウンド翻訳ができる会社ではなくアート翻訳ができる会社の選定を
その「バランス」を考慮する上では、インバウンド分野の翻訳サービスではなく、あくまでアート翻訳ができる会社を選定しなければなりません。
さもないと、上述の例のように、品質が置いて行かれてしまって現場の負担は増えるばかりですので、真の意味での「コストパフォーマンス」を考えていかなければなりません。
上記のように、アート分野で翻訳をはじめとしたサービスを提供している場合、その分野への深い理解があるため、いくつかの具体的な方法論を持ち合わせていているのが普通です。
例えば、入札方式で最低落札価格で業者を決定し場合でも、最低でも翻訳の品質を維持・向上させる専門用語集の構築は必須でしょう。それはアート分野を専門している翻訳会社なら構築可能でしょう。
些細な事かもしれませんが、コストパフォーマンスを最大化するという観点からは、お取引のある翻訳会社と一緒に品質を安定させるプロセス構築について検討すべきです。
まとめ
これまで述べてきたように、入札方式を代表とする業者選定のプロセスにはそれぞれ一長一短があります。
「貴館にとっていったい何が大切なのか」という点を見失うことなく、本当の意味でコストパフォーマンスが上がるような業者選定ができれば、貴館だけでなく展覧会を楽しみにやってくる来館者さんのためにもなるかと思います。
もちろん言うほど簡単なことではありませんが、アート翻訳は高度専門的であり、「いつも作品のそばにあるもの」だからこそ、慎重にご検討いただければと思います。