2016年頃からインバウンドは一気に加速し、2017年は 2,800万人、2018年は 3,100万人となりました。残念ながら2020年頃から世界的なパンデミックであるコロナウィルスの蔓延により海外旅行をはじめとした様々な移動が制限されてしまいました。
しかしながら、今年からいよいよ「コロナ明け」とも呼べる状態に回復しています。コロナ前に比べるとまだまだ少ないのですが、すでに日本の都心部では多くの外国人観光客を再び目にするようになっています。
弊社もアート分野の翻訳やミュージアム専門のインバウンドサービスを行っている中で、様々な知見や経験を蓄積することができるようになりました。
2018年にはミュージアム向けのインバウンドセミナー(不定期)や昨年には「ミュージアムメッセ 2018」にも参加させていただきました。
弊社は、翻訳をはじめとしたアート関連のお仕事でますます皆様のお役に立てるように努力したいと考えておりますが、一方、これまでの経験や様々なお仕事をさせていただく中で、あらためて「インバウンド翻訳」と「アート翻訳」の違いについてきちんとご説明しなければならないと感じています。
「インバウンド翻訳」は、多くの翻訳会社(ときには翻訳会社ではないケースもありますが)で対応できるという認識を大半の方がお持ちでしょう。そしてそれは多くの場合、その通りだと思われます。
しかし残念ながら、「アート翻訳」はそうはいきません。実際にやってみるとうまく行きません。そこには簡単にはできない理由があるのです。
にもかかわらず、私どももこの違いをお伝えしきれていないのが正直なところであり、至らない部分だと思います。
インバウンド翻訳対応の会社にお願いしたところ、「実際に依頼したら、アートの翻訳になっていなかった」「結局、全部自分でやり直すハメになった」「インバウンドの一貫で翻訳を頼んだけれど、全然ダメだった」といったご感想をいただくことも増えてきました。
これには(仮に弊社で担当したお仕事ではなかったとしても)弊社も説明不足だったのではないかという反省があり、今回はその違いを含めてお伝えできればと思います。
「インバウンド翻訳」とは何か
まずはじめに「インバウンド翻訳」とは何かということを(改めて)しっかり定義したいと思います。
上記の通り、インバウンド産業、インバウンド分野というものがあるとして、そこには中心となるプレイヤーが存在しています。
いわゆるこの 6 大プレイヤーを取り囲むように、弊社のような多言語翻訳サービスや通訳サービスを提供する会社、スマホアプリの開発会社、インバウンド関連商品を販売する会社、Wifi などの通信会社、旅行会社、Web メディア企業など大変多くの企業がサポートをしていることになります。
まとめると、インバウンド分野(=宿泊施設、観光施設、交通機関、商業施設、飲食店、自治体のすべて)のお客様にご提供するのが「インバウンド翻訳サービス」と言えます。
「アート翻訳」とは何か
一方、アート翻訳はどういう定義をしているかと言えば、「アート分野に特化した専門の翻訳サービス」と言えます。
つまり、逆の言い方をすれば、宿泊施設、交通機関、商業施設、飲食店、自治体の翻訳サービスは行わず、観光施設(特に美術館や博物館など伝統文化などの施設)専門の翻訳サービスを提供するということです。
これらは一見、同じように見えることが多く、誤解を招きやすいのですが、実はここには大きな隔たりがあります。私どもはこれまでこの「違い」を痛感してきました。
「インバウンド翻訳」と「アート翻訳」の 3つの違い
ではいったい何が違うのかをご説明します。
専門用語の難易度
アートの翻訳といっても取り扱うジャンルは様々です。美術館系では伝統工芸、現代美術(モダンアート)、西洋美術、東洋美術・・・などありますし、博物館系なら科学、化学、歴史などなど多様なジャンルに分かれています。さらに文学館系の翻訳もあります。素材や技法で分ければさらに細分化されていきます。抽象的な文章も多く、その意味を理解するのも簡単ではありません。
これらはすべて非常に高度な専門用語が頻出します。一方、インバウンド翻訳という括りであれば、相対的に難しい言葉は頻出しません。
以下は、あくまで単語の例ですが、一目瞭然です。
アート用語(例) | インバウンド用語(例) |
---|---|
式年遷宮 | アクセス |
薩摩切子 | 予約 |
六月晦大祓 | 宿泊 |
生物多様性 | XX 鉄道 |
折畳み式枝挽き鋸 | キャンセル |
ツシマウラボシシジミ | 航空券 |
ホロタイプ標本 | 体験 |
照射角 | オプショナルツアー |
禁足地 | 料金、価格 |
陶磁器 | 秘境 |
前方後円墳 | 絶景 |
拓本の扁額 | 開店 |
アート翻訳で出現する用語は、当然ながら様々なアート分野で使用されている専門用語です。文章単位ではさらに複雑な表現や崇高な表現が多用されることになります。このような専門用語が立ち並ぶ日本語をどうやって翻訳するのかという点は、やはり専門性が高く、誰でもできるというわけではありません。
翻訳サンプル
https://art.trivector.co.jp/sample.html
作品集(画集・写真集)の翻訳
https://art.trivector.co.jp/photograph.html
これらは、どちらが優れているということではなく、専門性の深度という点では明らかな違いがあります。
弊社翻訳実績
https://art.trivector.co.jp/results.html
スタンスの違い
弊社は、「インバウンド」や「爆買い」といった言葉が流行語にノミネートされる前から、ミュージアムのお客様、または個人の著名なアーティストの方々の様々な翻訳をお手伝いしてきました。
そしてその延長線上に「ミュージアム専門のインバウンドサービス」を充実させ、現在は多くのアーティストの方やミュージアムの方にサービスをご利用いただいております。
https://art.trivector.co.jp/inbound/
また、以下の図のように弊社は「インバウンド」というフィールドでのサービス提供ではなく、「アート」というフィールド上で、多言語翻訳や音声ガイド、動画制作などをご提供しているため、ミュージアムの皆様に対して、はるかに専門的にお役に立つことができるのです。
そしてミュージアムやギャラリー、アーティストの方々に対して特化した専門サービスができるのは、このように、スタート地点から立ち位置が異なっているからなのです。
「ツール」ではなく「コンテンツ」を
さらに、インバウンド翻訳という点では、QRコードやアプリなどの開発企業が AI などの多言語翻訳、多言語通訳機能をもった製品やサービス、ソリューションを多く提供しています。
「おもてなし」という言葉はすでに定着していますが、美術館や博物館の展覧会に関連する表示物や解説文というのは、きちんと正しく翻訳されていないと「おもてなし」になりません。
適当な翻訳をするくらいなら、日本語のままにしておいた方がよほどマシです。なぜなら、翻訳は Web に載せれば(良くも悪くも)あっという間に世界に伝わってしまうからです。観光客との接点となるのは、ミュージアムの発信する文章や動画です。
もしその訳文の品質が悪ければ、、、と考えると慎重にならざるを得ません。
そういった点からも上記の表のように、専門用語を含む文章は、AI 翻訳や機械翻訳では(現時点では)かなり難しいと言えます。
スマホアプリも、QR コードも、ブラウザでも「多言語対応している」という点では間違ってはいないのですが、アート分野の翻訳となると、その多言語翻訳の品質は、しっかり確認しなければなりません。
実は、弊社ではインバウンド関連の企業様からも翻訳のお仕事を頂戴しております。アート翻訳は専門的で自社では対応できないということをご理解頂いている企業様が多く、これはつまり、「ミュージアムの、特に作品に近いところの翻訳は誰でもできるわけではない」ということの裏返しではないかと考えております。
そしてこういった実態から分かることはただひとつです。
インバウンド翻訳ができるからといってアート翻訳ができるわけではない
これまで述べてきたように「アート翻訳」は「インバウンド翻訳」と同じ系列に含めて論じることが難しいと言えます。
それはその背景にある文化、歴史をはじめとした様々な知識がより深いところで必要とされるためです。
実際のところ、弊社のミュージアムのお客様からも「アートの翻訳ができる人はなかなかいない」というご感想をお聞きするのはこれまで一度や二度ではありません。
もっと言えば、日本語そのものが難解であったり、アーティスティックな表現になっていることも多いため、それを読み解いて、さらに別の言語に翻訳していくというのは、それほど簡単な作業ではないことは想像に難くありません。
インバウンド翻訳ができることと、アート翻訳ができることは、まったく別物なのです。
まとめ
今回はこれまでの弊社の翻訳や音声ガイド制作、動画制作、またミュージアム専門のインバウンド関連での実績や、お客様とのやり取りの中で、改めて感じたことや気づいたことをまとめてみました。
弊社は、過去8年にわたり、アート翻訳サービスを中心に様々なサービスをご提供してきましたが、ミュージアムのお客様、ギャラリーのお客様、個人アーティストの方々と展覧会や作品についてお伺いし、真剣に取り組んできた中で得た知恵やノウハウがあります。
今後もそれらを蓄積し、体系化してより良い翻訳サービス、インバウンドサービスをご提供できればと思います。